中国によく出張していたころ、2007年のゴールデンウィークごろであったか、経済産業省に呼ばれた(あるいは担当官が来られたか。。)。どうも日中首脳会談で、中国側から広州の展示会への協力要請があり、日本側は受諾したという。広州で開催される、中小企業展ということで、中小企業庁が所管、することになり、当時長官であった石毛長官(現在のジェトロ理事長)が経済産業省、中小企業庁関連機関に協力要請をされた。このとりまとめをジェトロが行うこととなった。

広州事務所は、当時、巨大な逆見本市を開催しており、ノウハウもある。また、現地にはあのベトナムのIさんが次長として駐在。彼のチームなら大丈夫だろうと思った。本部はどうか、5月といえば、すでに皆に担当がふられ、ただでさえ忙しい、あまった人材はいない、私は当時、部の総括課長代理というポストで、予算などマネージメント的な仕事に就いていたのだが、海外見本市課出身ということで、「お前がやれ」ということになった。総理大臣から経産相へ、そして中企庁長官へ、ジェトロへ、部長へ、課長へとどんどんおりてきて、最後に私にボールが渡ったことになる。もちろん、一人ではやれないので、古巣の海外見本市課の若手がどんどんチームに加わっていった。

総理案件というのはすごい力がある。中国のジェトロ事務所、ジェトロの地方事務所も総動員して、出展者を募集した。日本商工会議所や中小機構や商工中金なども協力体制をとった。中企庁も全面的にバックアップした。最後の方は、日々、私から直接、中企庁長官にメールを入れていたくらいである。とても緊張したのを覚えている。

そんなこんなで、500社を超える出展企業が集まった。2000コマ、2万平米となる巨大ジャパンパビリオンになった。トヨタも日産も、地方の中小企業も軒先きを並べた。おそらく、ジェトロでここまで大きなジャパンパビリオンを組織したことは後にも先にもなかろう。東京の出展者説明会は350名も参加された。大阪で120名、広州で250名。中小機構の回線をお借りして、全国8都市にも説明会を中継した。後輩のS君が上海の説明会に飛んだ。私は、東京で、350名の前で1時間半マイクを持ったが、普段海外の展示会には参加されたことのない方が多かったので、とても丁寧に説明をしなければならなかったのを覚えている。